“なんとなく選ぶ”が一番危ない理由

コラム

なんとなく、って便利

「なんとなくこっちにしました。」

日常でよく聞く言葉です。

ランチのお店も、
スマホの機種も、
引っ越し先も。

なんとなく。

深く考えなくていいし、
説明もしなくていい。

とても便利な言葉です。

でもこの“なんとなく”、
実はかなり曲者です。


一番後悔するのは“なんとなく”の選択

不動産の仕事に携わっていると、
決断の瞬間をたくさん見ます。

真剣に悩んで選んだ人は、
たとえ後で少し不便が見つかっても、
意外と納得しています。

一方で、

「まあ、なんとなく良さそうだったので」

と決めた人ほど、
後から小さな違和感が積み重なります。

駅までの距離。
収納の少なさ。
日当たりの微妙さ。

本当は最初から気づいていたことに、
後で気づき直すのです。


“なんとなく”の正体

なんとなく選ぶとき、
私たちは実は何かに流されています。

・周りがそう言っていた
・営業の人がうまくまとめてくれた
・疲れていた
・早く決めたかった

理由はだいたいそんなところです。

でも「流された」とは言いたくない。

だから“なんとなく”という
便利なクッション言葉が登場します。


普通よりも、実は危ない

前回の記事では「普通」という言葉について書きました。

“普通”は多数派の安心感。

“なんとなく”は自分の曖昧さ。

どちらも悪い言葉ではありません。

でも、“なんとなく”のほうが少し厄介です。

なぜなら、

自分で選んだ感覚が薄いから。

人は、自分で選んだと思えない決断を、
後から疑い始めます。


じゃあ、どうすればいいのか

難しいことはありません。

次に何かを選ぶとき、
ほんの少しだけ自分に聞いてみる。

「なんで、こっちにするんだっけ?」

それだけでいい。

立地なのか。
価格なのか。
雰囲気なのか。

言葉にできれば、
“なんとなく”は消えます。


もちろん、全部が深刻な話ではない

ランチくらいは、
なんとなくで選んでも大丈夫です。

たまには流されるのも悪くない。

ただ、

人生の大きめな選択だけは、
少しだけ立ち止まる。

それだけで後悔の確率は下がります。


なんとなく、を卒業できるかどうか

不動産に限らず、
仕事でも人間関係でも、

「まあ、なんとなく」で決めたものほど、
あとで理由を探し始めます。

その時間は、意外ともったいない。

“なんとなく”をやめるというより、
“なんとなく”を一度言語化してみる。

それだけで、選択は少しだけ輪郭を持ちます。


最後に

なんとなく生きるのも、
それはそれで悪くありません。

でも、

ここぞという場面でだけは、
“なんとなく”に名前をつけてあげる。

それができると、
選択は少しだけ自分のものになります。

……まあ、この話も、なんとなく読んでくれていたならそれはそれで。

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